7月17日に開催された第一回電書フリマに技術班および販売員として参加しました。活動の主体は、米光一成氏率いる「電書部」。それがいったいどのようなものなのかは、このあたりを読むとよく分かります。
5時間で1400部以上売れた電子書籍:日経ビジネスオンライン
誠 Biz.ID:電書部の真実:電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(前編)
(日経ビジネスオンラインの記事タイトルが「5時間で1400部以上売れた」とありますが、これは5/23の文学フリマでの数字。7/17の電書フリマでは朝10時から夜8時までの10時間で、5206部売れました)
誠Biz.IDの記事に、米光さんのこんな言葉があります。

2つの方向ですごいと思ったんです。1つは、ぱっと渡せる、すぐ手渡せるすごさ。印刷所も何も通さずに自分から相手に手渡せる。もう1つは、渡したい人に向けて渡すことも可能だと。ぱっと発表できるという意味では、ブログやWebでもいいわけですよね。アップすればすぐに読んでもらえる。でもブログを書くときって、雑誌に原稿を書くときよりもなんだかぼんやりとするところがあるんですよ。ぼんやりというか、ちょっと息を詰めて書いている感じ。それは読む人のトーンが分かりにくいから。雑誌ならその雑誌のトーンがあって、そのトーンの人が読者層であると。

電子書籍はWebと同じ、といわれることがよくあります。Webと同じならそれはWebです(あたりまえだ)。でも、そうではないんです。米光さんの言葉に、その答えのひとつがあります。

「ぱっと渡せる、すぐ手渡せる」「渡したい人に向けて渡すことも可能」

Webと同じといわれる理由の一部は、技術的な側面にあります。
電子書籍のフォーマットのひとつePubは、「XHTMLのサブセット」という、嘘とは言わないまでもかなりミスリーディングな呼び方をされることがあります。ならWebじゃん? と思われる。
ePubとは、XHTMLに目次やら著者名・タイトル・表示順などなどの情報をくっつけてパッケージにしたものです。パッケージングが肝心な部分。中身はXHTMLじゃなくったってよいのです。実際、DTBookという、XHTMLではない形式を使うことだってできます。
そして電子書籍というとオンラインで販売されるイメージが強い。有料の会員制Webサイトと仕組み的には変わらない。そこに着目するとたとえば「マネタイズ手段を手に入れたWebサイトだ」なんていう言い方もできてしまう。
でも電子書籍は確かにWebとは違う。重なる部分はあるけれども。
対面で電子書籍を販売する電書フリマは、そのことを理屈ではなく実感する場になりました(わたしにとっては)。猛暑のなか盛況すぎて混雑し、不愉快な思いをされた方もきっといると思います。しかしあの中で電子書籍ってこうなんだ、これもアリなんだ、というのを体感できた方も多くいるはずです。不愉快な思いをされた方の中にも、きっと。今回出品された64冊の電書そのものを眺めてみても、これWebじゃん。とはとてもいえない。電書そのものの話は具体的にあらためて書こうと思います。
このブログは3月からずっとさぼっていました。このエントリの直前、3/4のエントリにはこう書きました。

しばらくの間は、電子書籍とアプリケーションとの境界は揺れ動くでしょう。そして5年もすれば、電子書籍とは何なのかが再定義されているでしょう。
その再定義に、能動的に参加していきたい所存です。おー

じつは、書いたときには自信がありませんでした。俺よくこういうこといって放置するんだよな。でも今回はちがいます。電書部員として活動することで「再定義に、能動的に参加」しつづけている。
アプリケーションと電子書籍の境界、という話はどうでもよいと今はおもいつつありますがね。